サスペンス①

勤務を通常どうり終えたSは、そのまままっすぐ帰宅した。家族にはツレと、ツレには家の事情でとクロスで理由を告げて個人行動に打って出る。ちゃんと話せばどっちも反対なんかしないが、一人だけ楽しむことへの後ろめたさみたいなものがSにはあった。家人が手土産を持たせたときはさすがに本当のことを言おうかと思ったが、言いそびれてしまった。果物の入った包みを下げて車で駅に向かう。信号停車時に携帯電話を見ると、ツレからの着信が画面に表示されていた。電話をすると、やや急ぎ気味の声が鳴った。週末の切符の確保に奔走しているらしかった。今日の予定の確認もなく、Sは一抹の淋しさを感じたものの、知らぬ振りを決め込んで電話を切った。駐車場に車を入れる。出庫時の所要時間を考え、出来るだけ通用口のそばに置く。
通常の外出と見せかけるには、終電を逃すわけにはいかない。Sは時刻表を何度も確認し、チケットを確保した。
ホームに下りると、今度は事故のことが気になった。人身事故1件で、ダイヤなどいくらでも狂う。おととい、特急が野生動物をはねて電車が遅れたばかりだ。7号車の表示のそばで、Sはイライラとつま先でホームを蹴っていた。乗ったら最後までやるしかない。